これまで、脂肪をエネルギーの「倉庫」にたとえてきました。そのたとえは、出し入れを考えるには便利です。ただ、脂肪にはもう一つ仕事があります。体のあちこちへ、ホルモンを送っているのです。
つまり脂肪は、置いてあるだけの重りではありません。体に働きかける臓器でもあります。
「倉庫」と「信号を出す場所」は、同じ脂肪の別々の役割です。郵便局を思い浮かべてください。荷物を一時的に置くだけでなく、届け先へ連絡も送ります。脂肪も、ためている量だけでなく、体へどんな知らせを出しているかが大事になります。見た目の大きさだけから、その知らせの内容までは分かりません。
脂肪が出すホルモン
脂肪細胞が出す物質は、まとめてアディポサイトカインと呼ばれます。名前は覚えなくても大丈夫です。脂肪から体へ送られる「信号」だと思ってください。
その一つが、レプチンです。脳へ「もう十分に食べた」と知らせます。もう一つ、今回お伝えしたいのがアディポネクチンです。傷ついた血管の壁の修復を助け、インスリンの効きにも関わります。
前の記事で、インスリンが効きにくくなる理由の一つに、内臓脂肪から出る物質があるとお話ししました。その中の一つが、TNF-α(ティーエヌエフアルファ)です。インスリンの合図が細胞の中へ伝わるのを妨げます。
PAI-1(ピーエーアイワン)は、血のかたまりを作りやすくするほうに働きます。アンジオテンシノーゲンは、血圧を上げる仕組みに関わります。ここで挙げたのは主なものだけで、アディポサイトカインの全部ではありません。
名前がいくつも出てきて、覚えきれないかもしれません。ここで一度、役割で整理しましょう。レプチンは食べたことを脳に知らせる信号、アディポネクチンは血管の修復やインスリンの効きに関わる信号です。一方、TNF-αはインスリンの合図の伝わり方、PAI-1は血のかたまり、アンジオテンシノーゲンは血圧の仕組みとつながります。暗記よりも、「脂肪から複数の道へ知らせが届く」という全体像をつかんでください。
Q. 脂肪が出すものは、すべて体に悪いのですか?
A. いいえ。本文に出てきたアディポネクチンのように、体を守る方向に働くものもあります。信号には種類があり、同じ方向へ一斉に動くわけではありません。「脂肪は悪い物質を出す」と一言で覚えると、脂肪が本来持つ役割や、守る側の信号が減る話を見失います。
内臓脂肪が増えると、信号が変わる
内臓脂肪が増えると、TNF-α、PAI-1、アンジオテンシノーゲンのような、体に負担をかける側の信号が増えます。それと同時に、血管の修復を助けるアディポネクチンは減ります。
悪い側が増えるだけではなく、守る側も減る。ここが大事なところです。前回お話しした「インスリンが効きにくい」という変化にも、血管の変化にも、脂肪が出す信号が関わっています。
なお、アディポネクチンは、血管を修理する細胞そのものではありません。脂肪細胞が出すホルモンです。役割が似て聞こえても、別のものです。
たとえば、職場から届く連絡を考えてみてください。負担を増やす連絡が多くなるだけでなく、困ったときの支援を知らせる連絡が少なくなったら、全体として働きにくくなります。内臓脂肪が増えるときの信号の変化も、「負担をかける側が増える」と「守る側が減る」を合わせて見ると分かりやすくなります。もちろん、体の中では一通の連絡がそのまま一つの病気を決めるわけではありません。
Q. アディポネクチンが減ると、血管を直す細胞がなくなるのですか?
A. そういう意味ではありません。アディポネクチンは脂肪細胞が出すホルモンで、修復を助ける働きに関わります。修理を手伝う「連絡」と、実際に修理する「作業する人」は別です。言葉の似た役割を混ぜないようにしましょう。
皮下脂肪は、無害なのでしょうか
では、皮膚の下に付く脂肪なら、いくらあっても大丈夫なのでしょうか。そう単純には言えません。皮下脂肪も、脂肪細胞が大きく膨らむと働きが悪くなります。
ただし、内臓脂肪とは、出す信号の傾向が違います。皮下脂肪には、エネルギーを蓄える場所として体を守る面もあります。生まれつき皮下脂肪が付きにくい病気では、見た目が痩せていても、糖尿病や脂肪肝、インスリンの効きにくさが起こります。
前回は、脂肪の置き場所や蓄えられる量についてお話ししました。そこに、出している信号も違うという話が加わります。「皮下脂肪は無害、内臓脂肪だけが有害」と、きれいに線を引けるわけではありません。
Q. では、皮下脂肪は増えても気にしなくてよいのでしょうか?
A. そうは言えません。本文にあるように、皮下脂肪の細胞も大きく膨らむと働きが悪くなります。ただ、皮下脂肪にはエネルギーを蓄える役目もあります。たとえば、物を決まった棚にしまえることは、作業台をふさがずにすむという意味を持ちます。だからといって棚を無限に増やせるわけでもありません。「内臓脂肪か、皮下脂肪か」という二者択一で善悪を決めず、それぞれの場所と働きを見てください。
Q. 痩せて見えれば、脂肪からの信号も問題ないはずですか?
A. 見た目だけでは分かりません。本文で紹介した皮下脂肪が付きにくい病気の例は、「蓄える場所が少ないこと」も体に影響する、と示しています。これは、痩せている人に同じ病気があるという意味ではありません。体の外から見た形と、脂肪を蓄える働きや信号の状態を、同じものとして扱わないための例です。
減量すると、変わる余地がある
減ってしまったアディポネクチンは、減量によって増えることが報告されています。一度減ったら、それで終わりというわけではありません。
ただし、何パーセント減らせばアディポネクチンがどれだけ戻る、という数字はここでは言えません。次の記事では、対象者を区切ったうえで、健診の数値が動いた研究と、食事・運動・睡眠の実践を見ていきます。
Q. 減量すれば、信号は必ず元に戻りますか?
A. この記事で言えるのは、減量でアディポネクチンが増えたという報告があることまでです。どの人でも同じように戻る、あるいは一つの数字に達したら十分だ、とは言えません。あなたが健診結果を見直すときも、体重の変化だけで体の中の信号まで決めつけないでください。
脂肪は「置き場」と「連絡役」の両方を担っています。前の記事で見たインスリンの合図、さらに血管や血圧の話が、ここでつながってきました。次の記事では、そのつながりを知ったうえで、暮らしの中で続けられることを考えます。
Q. 信号の名前を全部覚えないと、この話は理解できませんか?
A. 覚えなくても大丈夫です。まず、脂肪はエネルギーの置き場であり、同時に体へ知らせを送る場所だと押さえてください。次に、内臓脂肪が増えると負担をかける側の知らせが増え、守る側の知らせが減る、という向きをつかめば、個々の名前を忘れても話の筋道は追えます。知らない言葉に出会ったら、血糖、血管、血圧のどの話につながるかを本文へ戻って確かめてみてください。
たとえば、健診で血糖や血圧の数字を別々に見ていた方なら、この記事は「それらの間にも脂肪からの信号という接点がある」と読むことができます。ただし、数字の変化をすべて一つのホルモンで説明するものではありません。体の中にはいくつもの働きが重なっています。だからこそ、「脂肪が多いか少ないか」だけで結論を急がず、どこに蓄えられ、どんな働きをしているかを分けて考えましょう。
Q. 信号が変わるなら、すぐに体調で分かりますか?
A. この記事は、体感だけでアディポサイトカインの状態を判断できるとは言っていません。脂肪が出す信号の説明は、体の中でつながる働きを理解するためのものです。「今日は調子がよいから守る側の信号も多いはず」といった推測は避けてください。あなたが体の変化を気にしているなら、見た目や気分だけに頼らず、健診の結果や医療者との相談を手がかりにできます。
今日のまとめ
- 脂肪はエネルギーの倉庫であると同時に、ホルモンを出す臓器です。
- 内臓脂肪が増えると、TNF-α、PAI-1、アンジオテンシノーゲンなどが増え、アディポネクチンは減ります。
- 皮下脂肪にも役割があり、「無害」と言い切ることはできません。
- 減量によってアディポネクチンが増えることは報告されていますが、その変化を一律の数字では示せません。
出典
- 肥満予防健康管理士教科書 第2巻「アディポサイトカイン」の節(脂肪組織の内分泌機能、各物質の働き、内臓脂肪と皮下脂肪の違い)。
- Esposito K, et al. “Effect of weight loss and lifestyle changes on vascular inflammatory markers in obese women: a randomized trial.” JAMA, 2003. PubMed(肥満の閉経前女性を対象に、生活習慣への介入でアディポネクチンの増加を報告)。
- Gyllenhammer LE, et al. 皮下脂肪、内臓脂肪と代謝リスクに関する研究。International Journal of Obesity, 2016. PubMed
- Ceccarini G, et al. 脂肪萎縮症に関する総説。European Journal of Endocrinology, 2026. PubMed
この記事は、健康に関する一般的な情報をお伝えするものです。診断や治療を目的としたものではありません。気になる症状のある方、治療中の方は、かかりつけの医師にご相談ください。