Health Journal

メタボリックドミノ――病気になるまでの「地図」

音のしないドミノに気づかない脳梗塞おじさんの3Dキャラクター

前回は、太るというのは脂肪の倉庫の残高が増えることだ、とお話ししました。

では、残高が増えたあとに、体の中で何が起きるのでしょうか。

今日は、その全体の地図をお見せします。

メタボリックドミノとは

「メタボリックドミノ」という言葉を聞いたことはありますか。

ドミノ倒しの、ドミノです。生活習慣の変化から始まり、体重増加、とくに内臓脂肪の蓄積が起こり、血圧や血糖、血液中の脂質の異常が重なっていく。その先で、動脈硬化や糖尿病、慢性腎臓病などが起こり、やがて脳卒中、心筋梗塞、腎透析などに至る流れを、一枚の地図にしたものです。

これは、厚生労働省が決めた診断基準ではありません。慶應義塾大学の伊藤裕先生が、2003年に提唱した考え方です。メタボリックシンドロームの日本の診断基準ができたのは2005年ですから、それより前に示されていました。

ただし、本物のドミノのように、全員がまったく同じ順番で一枚ずつ倒れるわけではありません。血圧、血糖、脂質の異常は、同じ人にほぼ同じ時期に現れることがあります。途中から何枚かが同時に倒れることもあります。

ですから、この図は未来を決める予言ではありません。「今、どのあたりを見ておけばよいか」を知るための地図です。

ドミノを上から見ていきます

メタボリックドミノを6枚のドミノ牌で表した図
伊藤裕先生の提唱をもとに作成

地図を、上から順にたどってみましょう。

いちばん上にあるのは、食事、運動、睡眠などの生活習慣です。ここは「本人の意志が弱い」という話ではありません。仕事の時間、家族の事情、住んでいる場所など、生活を取り巻く環境も関わります。

その下に、体重増加、とくに内臓脂肪の蓄積があります。前の記事でお話しした、つまみにくいほうの脂肪です。

次に出てくる大事な言葉が、インスリン抵抗性です。

そして、高血糖、高血圧、脂質異常などが重なり、動脈硬化、糖尿病、慢性腎臓病へとつながっていきます。そのさらに下流に、脳卒中、心筋梗塞、腎不全などがあります。

ここで気をつけたいのは、この図が「内臓脂肪があれば、必ず脳梗塞になる」と言っているわけではないことです。遺伝的な体質、年齢、喫煙、すでにある病気など、実際の経過は人によって違います。

それでもこの地図に意味があるのは、ばらばらに見える健康診断の数字を、一つの流れとして見られるからです。

血圧だけ。血糖だけ。コレステロールだけ。

一つずつを見ると、別々の問題に見えます。けれど、それらが同じ時期に重なるとき、その上流に共通する変化がないかを考えられます。メタボリックドミノが示した大事な点の一つは、この「病気の重なり」です。

インスリンの「効きが悪い」とは

インスリン抵抗性という言葉を、そのままにしておくと、ここだけ話が宙に浮いてしまいます。少しだけ中身をお話しします。

食事をすると、血液の中にブドウ糖が増えます。血液中のブドウ糖を、血糖といいます。

そこで膵臓から出るのが、インスリンというホルモンです。インスリンは、糖が筋肉や脂肪などの細胞に取り込まれるのを助け、血糖を一定の範囲に保つ働きをしています。

インスリン抵抗性とは、インスリンが出ていても、筋肉、脂肪、肝臓などの細胞が十分に反応しにくくなった状態です。

すると、同じ量の糖を片づけるために、体はより多くのインスリンを必要とするようになります。それでも追いつかなくなると、血糖が高くなっていきます。

「抵抗性」という名前ですが、インスリンそのものが壊れた、という意味ではありません。呼びかけは届いているのに、細胞の側が応じにくくなっている。そう考えると分かりやすいと思います。

では、なぜ細胞が応じにくくなるのか。内臓脂肪や、脂肪が本来の倉庫ではない肝臓や筋肉に入り込むことなどが関わります。ただし、ここから先には、内臓脂肪から出る物質、脂肪肝、食後の血糖の山など、別々に説明したほうがよい話がいくつもあります。詳しい仕組みは、次の記事であらためて書きます。

今回、覚えていただきたいのは一つです。

インスリン抵抗性は、血糖が高くなる前から始まりうる、ドミノの上流の変化だということです。 一般の健診では血糖値やHbA1cなどは測りますが、インスリン抵抗性そのものを直接調べる検査は通常行われません。ですから、健診の一つの数字だけで「ある」「ない」と自己判断することはできません。

音がしないドミノです

この地図で、いちばん困ることを申し上げます。

上流から中流にかけては、多くの場合、ほとんど症状がありません。

内臓脂肪が増えても、痛いとは限りません。インスリンの効きが悪くなっても、たいてい自覚症状はありません。高血圧や脂質異常症も、症状がないまま見つかることがあります。糖尿病も、かなり血糖が高くなるまで症状が現れない方がいます。

ですから、「何も感じないから大丈夫」とは言えません。

もちろん、まったく症状が出ないという意味ではありません。血糖がかなり高くなれば、喉が渇く、尿が増える、疲れやすいなどの症状が出ることがあります。下流まで進めば、胸の痛みや麻痺など、はっきりした症状が現れることもあります。

けれど、その音を待っていてはいけないんです。

メタボリックドミノは、途中まで音がしない。だから、体の感覚だけではなく、血圧や血液検査などの数字で現在地を確かめる必要があります。

上流ほど、打てる手が多い

もう一つ、この地図で申し上げたいことがあります。

上流ほど、打てる手が多いということです。

生活習慣や内臓脂肪の段階では、食事、運動、睡眠など、日常の中で見直せることがたくさんあります。病気と診断されたあとでも、生活習慣の見直しが無意味になるわけではありません。ただし、状態によっては検査、通院、薬などが必要になります。

「上流のうちなら、薬も病院も要らないはずだ」と思われるかもしれません。ですが、そこまでは言い切れません。同じ血圧や血糖の数字でも、年齢、ほかの病気、脳卒中や心筋梗塞の既往などによって、必要な対応は変わるからです。

反対に、「薬が始まったら、もう戻れない」という話でもありません。薬を使いながら生活を整える方もいますし、治療内容は検査値や経過を見て医師が判断します。

この図が伝えているのは、治療を自分で決めることではありません。小さい変化のうちに見つけるほど、選べる方法が多いということです。

私は、地図を持っていませんでした

私は2022年12月、脳梗塞で倒れました。右半身麻痺と失語があり、2か月入院しました。

この地図でいえば、下流まで行った人間です。

そして正直に申し上げますと、その手前で何が起きていたのか、私は分かっていませんでした。健診に10年行っていなかったからです。

私は、酒もたばこもやりません。だから健康だと思っていました。

一つの物差しだけで、「自分は大丈夫」と決めていたんです。

もちろん、健診を受けていれば必ず防げた、とまでは言えません。メタボリックドミノも、誰にでも同じ経路をたどる図ではありません。それでも、少なくとも自分の血圧や血糖、脂質がどう動いていたかを知る機会は持てました。

私は地図を持っていませんでした。

あなたには、先にお渡ししたいんです。

今、どこにいるのか

ここで、いちばん最近の健康診断を思い出してみてください。

血圧、血糖、HbA1c、中性脂肪、LDLコレステロール、HDLコレステロール、腹囲。何か一つでも「少し高いですね」「経過を見ましょう」と言われた項目はなかったでしょうか。

何も指摘されなかったとしても、それだけでドミノのいちばん上にいると断定はできません。健診で測る項目には限りがあり、正常範囲の中での変化もあるからです。結果票は「正常か異常か」の二択で見るのではなく、前年からどう動いたかを見ることも大切です。

そして、しばらく健診を受けていない方。

その場合は、「大丈夫」ではなく、分からないが答えです。

怖がっていただきたいのではありません。現在地が分かれば、次に何を確認するかを考えられます。健康診断で「要受診」「要精密検査」と書かれていたら、その指示を放置せず、医療機関に相談してください。

この地図は、「最後まで行く」と決められた道ではありません。提唱者の伊藤先生も、病気になる前の段階から介入すれば、ドミノ倒しは止められると説明しています。

すでに治療中の方にも、できることがなくなるわけではありません。ただし、自己判断で薬をやめたり、治療を変えたりする話ではありません。自分の現在地を知り、次の一枚を倒さないために、主治医と一緒に考える。そのための地図です。

今日のまとめ

  • メタボリックドミノは、伊藤裕先生が2003年に提唱した、生活習慣から臓器の病気までの流れを示す地図です
  • 全員が同じ順番で進むわけではなく、血圧・血糖・脂質の異常が同じ時期に重なることもあります
  • インスリン抵抗性は、インスリンが出ていても、筋肉・脂肪・肝臓などが十分に反応しにくい状態です
  • 上流から中流は、ほとんど症状がないことがあります。体感ではなく、健診の数字で現在地を確かめます
  • 上流ほど打てる手は多い。ただし、通院や薬が必要かどうかは、一人ひとり違います

次回は、ドミノの上流にあるインスリン抵抗性を、もう少し詳しく見ていきます。

なぜ、インスリンが出ているのに効きにくくなるのか。内臓脂肪、肝臓や筋肉に入り込んだ脂肪、そして血糖との関係を、順番にお話しします。

出典

この記事は、健康に関する一般的な情報をお伝えするものです。診断や治療を目的としたものではありません。気になる症状のある方、治療中の方は、かかりつけの医師にご相談ください。