前回は、メタボリックドミノの地図を見ました。内臓脂肪が増えた先に「インスリン抵抗性」という変化があり、血糖の異常が現れるより前から始まりうる、とお話ししました。
では、インスリンが出ているのに、なぜ効きにくくなるのでしょうか。今日は、脂肪の倉庫、筋肉、肝臓、そして膵臓のつながりを見ていきます。
インスリンは、細胞に合図を送る
食事をすると、血液の中のブドウ糖、つまり血糖が増えます。そこで膵臓から出るのが、インスリンというホルモンです。筋肉などの細胞が糖を取り込むのを助け、血糖を保つ働きがあります。
ここで、インスリンを「細胞のドアを開ける鍵」と思うと、少し違って伝わります。インスリンは細胞の表面で、呼び鈴を押すように合図を送ります。すると細胞の中で伝言のリレーが起き、しまってあった糖の通り道が表面に運ばれてきます。糖はそこを通って細胞に入るのです。
呼び鈴を押す人と、通り道を用意する細胞の中の係。この二つの働きがつながって、糖を取り込めます。
たとえば、宅配便が玄関に届いても、家の中の人が呼び鈴に気づかなければ荷物を受け取れません。インスリンの話でも、「合図が出ること」と「細胞が合図に応じること」を分けて考えると、この先の説明を追いやすくなります。血液に糖があるのに、筋肉がうまく受け取れない。そんなとき、膵臓は合図を増やして補おうとするのです。
もちろん、体の中で玄関が開け閉めされているわけではありません。呼び鈴は、目に見えない細胞のやりとりを思い浮かべるためのたとえです。たとえの「鍵が壊れた」と考えるより、合図から受け取りまでの一連の流れに目を向けてください。
「効きが悪い」とは、細胞が応じにくいこと
インスリン抵抗性とは、インスリンが出ていても、筋肉や肝臓などがその働きに十分応じにくくなった状態です。インスリンそのものが壊れた、という意味ではありません。
なぜ応じにくくなるのか。一つの理由として考えられているのが、脂肪が本来の倉庫ではない場所に入り込むことです。
脂肪を蓄える場所は、皮膚の下やお腹の中にある脂肪細胞です。食べた脂肪の多くは、食べ過ぎたときだけではなく、ふだんからそこに運ばれます。ただし、倉庫がどれだけ広がれるかには個人差があり、無限ではありません。
ここで大事なのは、皮下脂肪が満杯になってから内臓脂肪が増え始めるわけではないことです。内臓脂肪は痩せている人にもあり、体重が増えると皮下脂肪とともに増えます。脂肪を蓄える力が追いつかなくなると、肝臓や筋肉など、本来の倉庫ではない場所にも脂肪がたまりやすくなります。これを異所性脂肪といいます。
筋肉などに入り込んだ脂肪は、インスリンの合図を細胞の中へ伝える働きを妨げると考えられています。呼び鈴は鳴っているのに、伝言が途中で止まる。糖の通り道が十分に用意されず、糖を取り込みにくくなるイメージです。
もう一つ、内臓脂肪から出る物質も関わります。内臓脂肪はただの置き場所ではなく、インスリンの効きに影響する物質を出しています。脂肪がつく場所と、そこから出る物質の両方が関係しているのです。
では、倉庫のたとえをもう少し使ってみましょう。荷物が置ける棚の広さは、人によって違います。棚からあふれた荷物が仕事場の通路に置かれると、そこでの作業がしにくくなる。肝臓や筋肉に脂肪がたまる話は、それに似ています。ただし、皮下脂肪が先にいっぱいになり、そのあと内臓脂肪が増えるという順番を表すたとえではありません。先ほどの説明どおり、両方は同時に増えうるからです。
「体重が軽ければ倉庫に余裕があるはず」と思うかもしれません。しかし、体重計が示すのは体全体の重さであり、脂肪がどこにあるかという配置図ではありません。同じような体重でも、筋肉や肝臓に脂肪がどれだけ入り込んでいるかまでは読み取れないのです。見た目と体の中の状態を同じものとして扱わない、というのがここでのポイントです。
日本人は、体重だけでは分からない
脂肪の倉庫の広がりやすさには、人による違いがあります。日本人を含むアジアの人は、欧米の人に比べ、皮下脂肪に脂肪を蓄えられる余地が小さい傾向があると説明されています。
順天堂大学の研究では、健康で肥満に当たらない日本人男性の中にも、脂肪が本来の倉庫以外へ回っている人がいることが報告されています。ただし、調べたのは限られた対象です。「日本人なら誰でもそうなる」という話ではありませんし、体重だけで体の中の脂肪のつき方を決めることもできません。
見た目が痩せているから大丈夫、と一つの物差しで決めないことが大切です。
膵臓が、残業を始める
細胞がインスリンに応じにくくなると、体は同じ量の糖を取り込むために、より多くのインスリンを出して補おうとします。膵臓が「残業」を始めるようなものです。
この間は、血糖値がまだ通常の範囲に収まることがあります。ですから、血糖の数字が一度正常だっただけで、インスリンの効きまで分かるわけではありません。補いきれなくなると、血糖も上がり始めます。
その順番を調べた研究があります。2009年に報告された英国の公務員6,538人の追跡研究では、中央値9.7年間の追跡中に505人が2型糖尿病を発症しました。その人たちの経過をさかのぼると、インスリンの効きの低下は診断のおよそ5年前から、糖を飲んだ後の血糖の上昇はおよそ3年前から目立ち始めていました。これは集団で見た傾向であり、あなたの体で同じ年数をたどるという意味ではありません。
血糖が高いと指摘されたときに初めて変化が始まったとは限らない。そのことを、この研究は教えてくれます。
Q. 血糖の数字が普通なら、膵臓も楽をしているのではないですか?
A. 必ずしもそうとは言えません。膵臓がいつもより多くインスリンを出して補っている間は、血糖が通常の範囲に収まることがあるからです。教室で一人が遅れた仕事を引き受けていても、全体の締め切りには間に合う。その時点の結果だけでは、誰がどれだけ頑張っていたか分からないのに似ています。ただし、血糖が普通の人はみな膵臓が「残業」している、という意味でもありません。
Q. では、検査の数字を一つ見れば、抵抗性の有無は分かりますか?
A. この記事でお伝えしているのは、一つの数字から体の中の仕事量まで決めつけない、ということです。体重、空腹時の血糖、見た目は、それぞれ別の情報を示します。気になる結果があれば自己判断で病名をつけず、健診の結果全体について医療者に相談してください。研究で見られた「およそ5年前」といった時間も、個人の時計としては使えません。
効きにくさが、輪になる
インスリンには、脂肪を蓄える方向に働く役割もあります。前の記事でお話しした「倉庫の出し入れ」と、ここはつながっています。
脂肪が増えてインスリンが効きにくくなる。補うためにインスリンが多く出る。その状態が続くと、脂肪の蓄積を後押しし、さらに効きにくくなる可能性がある。こうして、変化が互いを強める「輪」ができます。ただし、インスリンが多いだけで必ず太るという意味ではありません。
さらに、インスリンが多い状態そのものが、効きにくさを強めるという報告もあります。こちらは健康な人15人を対象にした1994年の一つの研究によるもので、すべての人に同じように起こるとまでは言えません。
脂肪肝は、内臓脂肪とは別のもの
異所性脂肪の代表が、脂肪肝です。名前に「肝臓」が入るので、内臓脂肪の一種と思うかもしれません。けれど、内臓脂肪は臓器のまわりにある脂肪で、脂肪肝は肝臓の中にたまった脂肪です。
両者は別のものですが、つながりはあります。お腹の中の消化に関わる臓器から戻る血液は、全身の血流に戻る前に、門脈という道を通って肝臓へ向かいます。内臓脂肪から出た脂肪も、この道で肝臓に届きます。皮下脂肪から出た脂肪は、全身の血流を回ってから肝臓に届くため、届き方が違うのです。
一方、食事でとった脂肪の多くは、腸からリンパ管を経て血液に入ります。ここで話しているのは、倉庫に蓄えられたあと、内臓脂肪から出てきた脂肪です。また、脂肪肝には肝臓自身でつくられる脂肪や食事由来の脂肪も関わります。門脈から届く脂肪だけで脂肪肝になる、と言い切れるわけではありません。
肝臓に脂肪がたまると、インスリンの働きが鈍り、肝臓による糖の取り込みが減ったり、糖をつくって血液へ出す働きが増えたりすると考えられています。血糖が下がりにくくなれば、膵臓はさらに補おうとします。先ほどの輪に、肝臓も加わるのです。
Q. 「内臓脂肪」と「脂肪肝」は、どちらもお腹の脂肪では?
A. お腹の中という大きなくくりでは近くに感じますが、置き場所が違います。果物を入れた箱が台所に置かれているのと、果物が料理の材料として鍋の中に入っているのでは、同じ「台所の果物」でも場所が違いますね。内臓脂肪は臓器のまわり、脂肪肝は肝臓の中。言葉を分けておくと、門脈を通る脂肪の話と、肝臓自体にたまった脂肪の話を混同しにくくなります。
こうして見ると、脂肪の置き場所、細胞への合図、膵臓の補い、肝臓の働きが一本につながります。あなたが健診で血糖の一行を見るときも、「この数字だけが体のすべてではない」と思い出してください。怖がるためではなく、体の変化を早めに考えるための見方です。
今日のまとめ
- インスリンは細胞に合図を送り、糖を取り込むための通り道を用意させます。
- 脂肪が肝臓や筋肉に入り込むこと、内臓脂肪から出る物質などが、インスリンの効きに関わります。
- 皮下脂肪と内臓脂肪は同時に増えます。脂肪肝は内臓脂肪ではなく、肝臓の中にたまる異所性脂肪です。
- 膵臓がインスリンを多く出している間は、血糖が通常の範囲に収まることもあります。
- インスリンの効きにくさと脂肪の蓄積は、互いに影響し合う可能性があります。
次回は、食後の血糖値スパイクと動脈硬化の関係を見ていきます。
出典
- 田村好史「非肥満者における代謝血管障害とインスリン抵抗性」『化学と生物』58巻9号、2020年。原文
- 加古川医師会「異所性脂肪について」健康一口メモ No.191、2015年。原文
- Virtue S, Vidal-Puig A. 脂肪組織の拡張能に関する総説、2010年。PubMed
- Sugimoto D, Tamura Y, et al. 非肥満の日本人男性に関する研究、2019年。PubMed
- Tabák AG, et al. “Trajectories of glycaemia, insulin sensitivity, and insulin secretion before diagnosis of type 2 diabetes.” Lancet, 2009.PubMed
- Del Prato S, et al. 高インスリン血症とインスリン抵抗性に関する研究、Diabetologia, 1994年。PubMed
- オムロンヘルスケア「異所性脂肪っていったい何?」原文
- 天使病院 吉田医師による内臓脂肪と肝臓の解説。原文
この記事は、健康に関する一般的な情報をお伝えするものです。診断や治療を目的としたものではありません。気になる症状のある方、治療中の方は、かかりつけの医師にご相談ください。